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『アナタハン島の真相はこれだ!!』 [レビューなど]

 6月1日、アテネ・フランセ文化センターにて『これがアナタハンの真相だ!!』を観賞しました。
 終戦を挟んだ1945年から1950年にかけてサイパン南方のアナタハン島で、32人の男性と1人の女性が共同生活することになり、やがてその女性、比嘉和子さんを巡って殺しあいに発展したとされる「アナタハンの女王事件」の再現映画です。

 参考→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%82%BF%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%81%AE%E5%A5%B3%E7%8E%8B%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 本作は比嘉さん自身が本人役で出演していることで話題を呼びました。(ちなみに監督も吉田とし子さんという女性がつとめています)
 内容はといえば、ブームに便乗したものなので下世話といえば下世話であり、当人も腰蓑やら透け乳やらミミズ食いやらを披露しちゃったりしているので「猟奇的」という表現もできましょう。
 話題性一本勝負でしょうから、見世物としては退屈で、映画としては出来が良くありません。
 まず、比嘉さんの演技力がない。序盤の踊りのシーンは二足歩行の地虫の断末魔のようですし、暴力を振るう男から逃げるシーンもモソモソしてまるで緊迫感がない。表情はほぼ無に等しく、常に太陽を直視したような、まぶしげな顔付きです。
 あと、当人の証言以外に情報がないので、本人が語らないことは描かれません。ご都合主義とも思える展開は言うに及ばず、疑問点も多く残りました。(例えば比嘉さんは腰蓑の後で突如ワンピースを着ていますが、これも実際は米軍の墜落機から拾ったパラシュートで誂えたものだそうです。映画ではこの辺の説明は一切なし)
 何より、比嘉さんの容姿が画面映えしないというのは決定的です。体型的には男か女かわからないタイプの寸胴で、顔立ちは横光利一やストロング金剛に似たタイプです。
 しかし、作中では「土人」の青姦に眉をひそめた男達は「でも、あの和子って女、なかなかいい身体してるじゃねぇか」とか言ってます。

「土人」!
 この事件のイメージは「1人の女と30人の男」というものですが、当初は農場で使役されていた現地民がいたのです。
 映画ではいつの間にか姿を消していますが、実際は戦争が終わって投降を呼びかけた米軍の船に乗って島を離れていったのだそうです。
 本作でも、拳銃の最後の一発を使ってまで、輪になって踊っていた「土人」たちを追い散らして笑っている男達の描写があります。(このあと墜落機が発見され、そこで新たな拳銃を入手したことが殺しあいのきっかけになる)
 比嘉さんは沖縄人です。「大和人」である男達は彼女をどう扱ったのか。
 唯一の本土戦であった(はずの)沖縄がどうのような戦場であったかを思い起こせば、自ずと想像がつくように思えます。
 比嘉さんをゲットした男達の行動はワンパターンです。銃で脅す→所有する→暴力で支配する。誰も彼もこの繰り返しです。(半面、彼女の境遇を哀れんで匿ってあげる人も描かれています)
 これを従来の「男と女」という軸で理解することは割合容易いでしょうが、当時の日本人がそれ以外の人に向けた差別意識もまた、本件を語る上で見過ごせない要素でしょう。
 もっとも、全ては比嘉さんの言い分なので「真相」はわからないのですが。彼女を所有し、次々と不可解な死を遂げていった男性たちが銃を持っていたのなら、唯一彼女だけが常に銃の側にいたことにもなります。

 比嘉さんの例のまぶしげな表情は、常にビクビクと暴力に怯える様子にも似ています。彼女が組み敷かれるシーンでもその表情は変わらず、絶望というより「イヤだなあ」とでもいった嫌悪しか感じられません。
 周囲から見れば「極限状況の悲劇」でも、当人にとっては「忌ま忌ましい日常」だったのかもしれません。いち いち絶望したり身の上を歎きつづけるには5年の月日は長すぎたのかもしれません。
 センセーションを呼んだミミズ食いも「あら、ミミズ」とでもいった気軽さでパクっ、ムシャムシャっとやってる印象です。
 あのような状況から生還した人の感覚は、そうでない人のそれとは相当に遠く、異質なのだとも思えます。
もっとも、全ては比嘉さんの胸ひとつなので、ひょっとしたら生れつき途方もなくぼんやりした人だったのかもしれません。

 比嘉さん自身はリアルに演技しているのかもしれませんが、そのテンションと役者陣の演技が噛み合っていないので、酸鼻を極める内容であるにもかかわらず画面からは緊張感がまるで漂ってきません。
 ラストシーンは比嘉さんが米軍の船舶まで逃げ切った後の事なので登場しません。彼女がいてはオチにならない、という演出上の配慮かもしれません。
 散々仲間内での殺しあいを経験してきた男達が、いまさら裁判のような事をはじめ、刃傷沙汰を起こします。
ようやく盛り上がったような気配が漂いはじめたあたりで、生き残った兵士が海へ向かって「おかーさーん!」と叫んでブチッと終わります。

 想像を絶する(でも真相はわからない)経験を経て、いち早く米軍に保護され、センセーションに答えるように映画に出演し、観る者がゲンナリするような演技をきっちりこなした比嘉さん。
 オープニング・ロールでは颯爽と車で乗りつけ、冒頭で「この度の事件で命を落とされた方々のご冥福をお祈りします」とのテロップをバックに崖の上から海を睨む比嘉さん。
 事件の真相はわかりませんが、この映画の真価はその内容の外にある…なんてはじめからわかっていたような結論に逆戻り。
『藪の中』より『藪の中』。
 映画で言うなら『羅生門』より『羅生門』な映画であります。

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