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『ウルフ・オブ・ウォールストリート』 マネーカルトの真の罪 [レビューなど]

『ウルフ・オブ・ウォールストリート』は詐欺すれすれの手法でウオール街に殴り込みをかけたジョーダン・ベルフォートの自業自得というか、結果的に波瀾万丈の半生をコメディータッチで描いた映画です。

 ウォール街の名門証券会社でキャリアをスタートさせた彼が「ブラック・マンデー」により零落し、田舎町から育て上げた証券会社「ストラットン・オークモント」のエピソードが凄い。
 上場記念パーティーの余興としてオフィスにストリッパーを呼んだり、身体障害者を的に投げつけ、オフィスラブなどはおおっぴら。トイレでのセックス禁止令が出たとか、エレベーターの中で尺八(比喩)とか…。
 オフィスじゅうの同僚と同衾していた女性社員を、それと知らず結婚してしまった男性社員がその後自殺したという逸話は本当なのだろうか…?

 ともあれ、ベルフォート自身のオーバードーズまで笑いのめしているワル乗り全開の本作で最も笑ったのは「ベニハナ」の場面です。
 一流企業の株を買わせて信頼関係を作った後で「ペニー株」(将来性のまるでない地方の中小企業を扱う『クズ』株)を大量に買わせる手口と、平素から社の上層部はドラッグ常習者という事もあってストラットン・オークモントは当然当局に目を付けらます。ベルフォートがFBIに拘引されるきっかけになったのが「日本料理店」ベニハナ会長ロッキー青木のインサイダー事件に絡む麻薬取引疑惑。
 全く身に覚えのない彼はモノローグで、
ベニハナなんか知るか!
何がベニハナだ!
ベニ!ファック!ハナ!
ベニ!ファック!ハナ!
 と凄い剣幕で罵ります。(つまり、主演のレオナルド・ディカプリオが全力で)
 ちなみにわざわざ括弧を付けて「日本料理店」としたのは、店の様子がどう見ても日本料理じゃないから。
 大きな鉄板焼きを前にしたシェフがタマネギをフランベしたり、リズミカルに包丁を叩きながらステーキを切り分けたり、これって那覇国際通りのステーキ屋じゃねえか!日本国内の一部で観光的に行われてる調理法だよ!
 アメリカ人だって、アーミッシュの生活様式を一般的アメリカ人のライフスタイルだと言われたら笑い飛ばすと思うのですが。(もちろんこちらは観光用ではありません)
 いわば知ったこっちゃない珍妙なジャポニズムがそれを重宝していた当人に「ファック!」とか罵られてるのは、日本人としてはかなり面白い。

 しかしここは思いの外深い描写なのだと気付きました。

 序盤、ベルフォートは田舎町で「セールスマン」(全員マリファナの売人)を集めてペニー株を扱う証券会社を立ち上げるのですが、彼らを集めて仕事の説明をするのに一苦労。
「アーミッシュにも売ったぜ!」
 と粋がる男の、アーミッシュに対する差別的見識を共有できる「セールスマン」たちは皆笑うのですが、ベルフォートはどこが面白いのか理解できない。住む世界が違うのですね。
 論理的思考を習得させるべく、彼は一つのテストを行います。懐から何の変哲もないペンを取り出し、
「これを私に売ってみろ」
 と問います。
 唐突な問いに彼らは戸惑ういます、ボス格の売人は慌てる事もなく黙って紙を放って寄越します。
「これだ!彼は売買の必要性を作った」

 その後、富裕層にペニー株を売りつける上記の営業方針を社員となった彼らに説明する際に、
「貧乏な客からチマチマ巻き上げるより、金持ちからでっかく分捕るほうがいい。電話口で私の言うとおり話せば、君たちは白鯨を釣り上げるエイハブ船長になれる」
 という例えを持ち出します。
 学のない彼らが『白鯨』など知らない事を承知の上で。
 一事が万事この通り、ベルフォートも「セールスマン」たちも、後にウォール街に居を構えた「ストラットン・オークモント」の社員達も、顧客を同じ人間ではなく単なる金づると見なしています。また、
「成功する気のない負け犬は一生マクドナルドで働いてろ!そこがお前らの居場所だ!」
 というベルフォートのスピーチにやんやの喝采を送る。
 かつて映像が流出したライブドアの忘年会にも通じるシーンであり、まったくもって鼻持ちならない連中ですが、その底には深刻な差別意識が根を張っています。
 自分達の仲間と価値を置く世界以外に対する蔑視は、そのお仲間の間抜けさと価値観の狭さによってコメディーの色を濃くしています。
  
 『白鯨』の粗筋さえ知らない無学をあざ笑うベルフォート自身も「ベニハナ」を日本料理だと思っている。
 自分の守備範囲以外に対する認識はそんなもので、そんな事を知ったところで一銭の得にもならない。性欲、金銭欲、勝利に対する欲望、これら以外の事についてベルフォートは無視を通り越して意識すらしていません。
 あまりに即物的な欲求に忠実な行動様式は、そうでない者からは原理主義を盲進する信者のそれに映ります。
「一銭の得にもならない事には価値を置かない」
 などはまさに市場「原理」主義の副産物、というか副作用と言えましょう。
 ベルフォートは自分を駆り立てる欲求をコントロール出来ぬまま市場原理主義と最終的に相克する「国家権力」によって絡め取られ、服役します。
 そして出所した後ニュージーランドに招かれ、セミナー講演の壇上でかつてと同じ質問を参加者に発します。
「このペンを私に売ってみなさい」
 それはどこか教祖サマの問いかけに似ています。
 この作品は金儲け(当事者は必ず『稼ぐ』という表現を使う。必ず)を、至上の原理を奉じる妄信的宗教的行為(=マネーカルト)として描き出しているように思えてなりません。

 自分は、蓮華座を組みヘッドギアを付けて「修行するぞ!」と連呼しながらぴょんぴょん跳ね回るオウム信者をテレビで見てゲラゲラ笑った世代ですが、狂信者の無自覚な奇行というのは傍から見てたいへんに面白い。(キモいけど)
 原理主義的妄説に惑わされた人々の滑稽な行為といえば「モンキー裁判」(スコープス裁判)というのがありましてhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%B2%E5%8C%96%E8%AB%96%E8%A3%81%E5%88%A4、モンキー裁判といえば『風の遺産』という名作映画がございます。
 聖書の記述を一言一句信奉するキリスト教原理主義者の
「聖書には人間は人間として創られたと書いてある!だから考える事は神に対する冒涜だ!」
 という言い草に対して、弁護士はこう反論します。
「ならばなぜ神は人間に考える力を与えたのだ!」

 神に与えられたかはともかく、人間には自由に考える力と権利があります。
 それは誰かが言った、どっかでのみ重宝される「原理」に囚われず、自分自身が認識できる世界を自由に、限りなく拡げる力です。
 ジョーダン・ベルフォートの罪とは詐欺、インサイダー取引、株価操作などの違法行為に留まらず、自らの信奉する「原理」にそぐわぬ世界に対する蔑視があるのではないでしょうか。
 それは途方もない傲慢であり、裁くべき法のない罪科でもあり、堀江貴文ら「成功者」の言動の端々から臭ってくる、どこか切迫した差別意識にも通じているようです。
 その意味では、信頼関係という商取引の前提さえ食い潰す行き過ぎた市場原理主義は、差別意識に支えられた反近代的な破壊的思想とも言えるのではないでしょうか。
 それこそがマネーカルトの真の罪なのだと思います。
 
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つぼっち

これと「RUSH」のどちらを観るか迷ったのですが、
結局「RUSH」にしてしまいました。
このレビューを読むと、少しもったいないことをしたなぁ、
という気になってきます。
こういう映画は嫌いじゃないんで(笑)。
by つぼっち (2014-02-16 23:20) 

クロヒコ

つぼっちさん、お久しぶりです!

自分も『RUSH プライドと友情』を観ましたが、そちらの方が断然いいと思いますよ!
いやあ、プロローグから一気に魅入っちゃいましたね。
レースのシーンは、モータースポーツにとんと疎い自分でさえ手に汗を握りしめてしまいました。
主演の二人が実にイイ。ロン・ハワード監督の演出力も見事でした。
ちなみにジェームズ・ハントを演じたクリス・ヘムズワース主演の『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』も楽しかったです。

ただ、こちらの方がレビューを書く際には書きやすかったもので(^^;)
こちらの映画は上映時間が190分もあるのですが、時間を忘れられる出来映えです♪
by クロヒコ (2014-02-19 22:40) 

瑠璃子

http://pussycat-ruriko.blog.so-net.ne.jp/

ブログ、こっちに引っ越しましたわ。
by 瑠璃子 (2014-03-04 15:15) 

紅花

ベニハナは実在するアメリカの日本料理店ですよ。もう亡くなってしまいましたがロッキー青木も実在します。アメリカでは超有名店です。調べた方が良いのでは?
by 紅花 (2016-06-05 18:48) 

クロヒコ

>紅花さん

知ってます。
デヴォン青木も。
by クロヒコ (2016-09-17 14:21) 

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