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2011 北海道&東北旅行(1) [大なり小なり旅の記録]

震災以降、JR東日本から発売された2種類の切符を使って、北海道と東北に行って参りました。
一日限定でJR東日本管内は新幹線まで乗り放題の「JR東日本パス」。
一週間、JR北海道とJR東日本管内および青い森鉄道線、IGRいわて銀河鉄道線、北越急行線、富士急行線の普通・快速列車を乗り放題の「北海道&東日本パス」。こちらは急行料金を払えば乗車できます。
これがどちらも\10000。
今回はこちらに加えて別の交通機関も利用した、いつもの鉄道旅行とはやや異なった旅となりました。


7/15(金曜日)

17:30の終業からマッハで東京駅へ。
この先は札幌まで乗り換え時間がタイトなので、改札内地下の食品売り場で買いだめします。
タイ料理のお弁当、お稲荷さんなどを買い、特にシナモンバンズとスコーンを買ったDEAN & DELUCAの売り子さんが余りにも超絶美人でして、上機嫌でホームへ。

切符に記載された席へ行くと先客が。

切符を付き合わせても合ってるので、はて新青森行き「はやて」じゃなくて秋田行き「こまち」の方の席なのか?などと首をひねりつつホームでもう一度券を改めると、重大な事実が発覚。
ええ。ちょうど12時間前に発車する列車の切符だったのです。
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新宿駅みどりの窓口め!
鉄歴30年ですが、これほど本質的なミスには初めて遭遇しまして、また、これ程深刻なチェックミスも初めてでした。
わははははは。腹立たしいやら情けないやら。
ホームで高笑い&手近な柱にグーパンチ。どちらも人前でございます。
でも、いいじゃんこんなときぐらい。ねえ、神様?

おかげでデッキで立ちっぱなしです。
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ドアの窓からぼんやりと眺めた夕景の微妙な事よ(笑)
結局4時間の内、盛岡から先の1時間しか座れませんでした。
自分がデッキで旅の先行きを案じつつiPodを聴いていた頃、栃木県南部を信玄とする大きな地震が首都圏を見舞っていました。
ややあって閲覧したTwitterでしったんですが、宮城県と岩手県の県境あたりを走行していた列車には影響はなく、定刻通り新青森に到着。

青森まで一駅移動して、札幌行き夜行急行「はまなす」に飛び乗ります。
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2分の乗り換え時間しかないので、手近な車両から乗り込んで車内を移動します。
おかげでB寝台、カーペットカー(どちらも更衣室付き)などを拝見できました。
この「はまなす」号は急行券・指定席券を追加すれば「北海道&東日本パス」で乗車できるので、時間もお金もない自分のような貧乏旅行者にはぴったりなのです。
しかも自分が割り当てられたのは元グリーン車を改装した「ドリームカー」というゆとりのある車両でして、お稲荷さんを食べて顔洗って歯磨きしたら、よーく眠れました。
新幹線で立たされた疲れもあったのかもしれませんが、青函トンネルのおかげかもしれません。
ここは線路が痛む要因が少ないので、継ぎ目のない1本のレールを敷いてあるのです。
だから列車特有の「ガタンゴトン」がなく、眠りやすいのですね。

(つづく)
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本厚木~鵠沼海岸(下) [大なり小なり旅の記録]

まだ4時半ということもあり、ちょっと疲れてもいましたが海まで行ってみることにしました。
なにより、JRいを使うと運賃が高くつくので、私鉄の駅まで行ってしまいたいというみみっちい性根もあります。
行きがけに境内の露天で大判焼きを買ったのですが、これが半生。
不味い大判焼きを初めて食べました。これも勉強です。

さっそく鳥居を潜って南下開始。
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湘南のイメージ(偏見)を象徴するかのようなコントラスト。

相模線を渡って県道47号線をすぐ左折。
これまた相模線のイメージ(偏見)を象徴するようなコントラストを発見。
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奥から、妙な様式の「モテル」→相模線→畑→簡易便所。

これまたすぐの県道46号線との交差点で見つけたのはこちら。
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ウソをつくなウソを。

中瀬の交差点を右折、ほどなく景観寺交差点を左折。やはり地図を持っているとスムーズに歩けます。
しかしここまででも結構歩いてきたので、眠くて仕方ありません。何度も歩きながら寝入るかと思いました。
左手に発見したのは2階の表を鳩小屋にカスタマイズした家。
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どれもみな、見慣れた鳩より一回り大きく、遠目にも珍種であることがわかりました。

小出川を渡ってすぐの丁字路を右折。すぐに新湘南バイパスを潜ります。
ここからは一本道です。

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以前、赤瀬川原平さんの写真にもありましたが、茎が折れてもなお上を向く生命力。
自分のように生命力が希薄な存在にとっては感動的というより不思議な光景ではあります。

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いつしか青い車線があるな、と思ったら、これが噂の自転車専用レーンでした。
でも使っている人はごくわずか。
右折車両の脇を通り抜ける際に車両がしょっちゅう進入したりしていたので、定着までにはかなりの時間がかかりそうです。

茅ヶ崎駅も近くなった辺りの歩道橋で衝撃のスローガンを発見。
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え。
倉見って、このあたりですか?(再掲)↓
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何もないんですけど…。こりゃ無茶です。
もっとも、先に開通した九州新幹線の新船小屋駅なんかも相当辺鄙らしいのですが…。

茅ヶ崎駅を華麗にスルーして、県道310号線と名を変え、道幅も狭まった道を相模灘へまっすぐ南下。
ようやく念願の海に辿り着いたのは6時ちょうど。
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砂浜にはやはりカップルが似合います。
波打ち際へ下る階段に腰掛けて、仲睦まじい男女をぼんやり眺め、しばらく目を閉じるとこれまでの疲労が和らぎました。
あとは潮の香りと波の音で気を紛らわせて、東進を開始します。目指すは正面にぽつんと見える江ノ島です。
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しかし夕暮れの浜辺は魅惑的です。
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振り返ると富士山の右肩越しに夕陽が落ちていきます。

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波打ち際に降りていくと、この辺のしめった砂は案外歩きやすいことが判明。おまけにアスファルトと違って路面が柔らかいので足に優しいです。
サーファーを横目に、時折跳ねっ返りの波を交わしながら、歩きます。

さて、波打ち際といえば国民的お約束を忘れるわけにはいきません。
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愛の終わり。

とか遊んでいるうちにどんどん暗くなっていることに今さら気づき、遊歩道に戻ってずんずん進みます。
結局、小田急江ノ島線の鵠沼海岸駅近くの引地川に架かる橋を渡った頃は日もとっぷり暮れて7時半。
駅前のパン屋さんのタイムセールの誘惑に負けてカレーパンを所望。
この駅は普通列車しか停まらないので、一度片瀬江ノ島駅まで乗車して折り返し、中央林間から東急田園都市線に乗り換えて帰宅しました。

帰宅して行程を調べたら20キロ以上ありました。
翌日の仕事は眠気と倦怠感のなかでこなしましたとさ。
(おしまい)

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本厚木~鵠沼海岸(上) [大なり小なり旅の記録]

昭和の日は本厚木から相模川沿いに南下し、寒川神社へ参拝して茅ヶ崎から海岸沿いに今度は東進して江ノ島方面まで歩いてきました。

本厚木は大学2年まで通った校舎があり、その後もちょくちょく行ったものの卒業してからはご無沙汰でした。
12年ぶりに小田急で遠征したんですが、快速急行なんて出来たんですね。下北沢から新百合ヶ丘まで停まらないなんて。速い速い。
あと、登戸までの高架複々線工事がかなり進んでいて、車窓風景もずいぶん見晴らしが良くなってしまいました。
ついでに、成城学園前だけは地上から地下へ潜ったのですね。

北口を右に折れてしばらく進んだ交差点の向こう側に、量り売りしてくれる駄菓子屋さんが今でも営業していたので、かりんとうと海老満月を購入。
おばさんとちょっとお話ししたところ、母校の学生が落書きされていたシャッターにきれいな絵を描いてくれたとのこと。
偉いぞ後輩。

小田急線の高架下を、かつて使っていた自転車駐輪場を横目に相模川方面に進むと、こんなものが。

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おお、これぞまさに「鯉さがり」。

相模川を下ります。
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東名高速の下を潜ってすぐ、右手に小学校がありまして、少年野球のチームが練習していました。
ぼんやり見物しながら歩いていたら、あろうことか打球がこちらに飛んできました。
ちょうど路面は工事中でやや不安定でしたが、路肩の砂利をやや崩しつつも無事に捕球に成功しました。
トートバッグをかけたまま返球したらちょっぴりそれて鉄棒を直撃してしまいました。
自分はキャッチボール程度の経験しかありませんが、昔から捕るのは得意でも、投げるのは苦手だったんです。
でも「あの人すげー」とか言ってもらえてちょっぴり鼻高々。

戸沢橋の手前で合流する玉川という支流をちょっと上っていく道がこちら。
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菜の花の道です。

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戸沢橋から振り返ったら、丹沢山地に雲がたくさんかかっていました。
この日は風もなく、終始上天気でした。

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橋を降りて程なく、左手で見つけた衝撃の看板。
掘る物だ!(笑)

相模線の手前で右折して南下、しばらくして線路を渡っり、住宅街に溶け込むような曖昧な商店街の中にぽつんとある倉見駅。
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ここ、後でもう一度出てきます。
ちょっと行った和菓子屋さんで旬の柏餅を買いました。

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付近で見つけた、妙に気になる倉庫。
ガレージの中にある年代物の乳母車もいい感じです。

県道46号線に合流して、目久尻川を越えて馬場の交差点で右折、相模国一宮、寒川神社に到着しました。
さすが一宮だけあって、さほど広くはありませんが剪定も行き届いており、落ち着きと風格がありました。
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今年のおみくじは「吉」とか「小吉」など、いまいち振るわなかったのですが、ここでは中吉でした。徐々に上向いてるぞ。俺の運。
こちらの神社は最近設備を建て替えているようでして、広々としたトイレがたいそう綺麗でした。

ベンチで先ほど買った柏餅をいただき、木漏れ日で地図を見ながら、これからどうしようかと考えました。
(つづく)
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海を見に行く [大なり小なり旅の記録]

震災から2週間ほどの時期は連日の余震や原発報道から来るストレスのためか、顎関節症になったりして、まあ意気消沈しとりました。
そこで3月26日、抗いがたい衝動に突き動かされて三浦半島へ行ってきました。

最初は水族館でも行こうかと駅前から油壺行きのバスに乗り込んだんですが、マリンパークの入場料があまりに高かったので(自分の感覚ではw)、行きつけの三戸海岸まで歩くことにしました。
いつも通りと言うことです。

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このあたりまでは順調だったのですが、道を1本間違えて30分ほどタイムロス。
その間に暮れゆく空には雲が出てきました。


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海岸についた頃には、夕暮れ時のぼんやりとした光線に照らされていました。
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不気味なぐらい海面は凪いでいました。

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浜に打ち上げられていたウミウシ。
そこここに転がっていて、足下を見ていないと踏んづけそうでした。

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向こうに見えるのは富士山のシルエットです。

冷えてきた風の中、黒崎の鼻の岩場で餡ドーナツを頬張りながら、「ここで緊急地震速報鳴ったらちびるなー」などと考えました。
お土産には、三崎口駅前の売店でいつも通りマグロの角煮を買い求めました。


おまけその1
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油壺から県道216号線の脇道を歩いていたときにゴミ集積所で見つけました。
中は見られませんでしたよ。そりゃ。

おまけその2
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帰りに台地の上に広がるキャベツ畑で見つけた謎の器具。
何となく想像がつくような気もしますが、使っているところを見てみたいです。

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ときめきの上州路 [大なり小なり旅の記録]

先々週の連休に敢えて温泉に行ってきまして。

青春18きっぷで行ける範囲、前日で予約できた限りで群馬県の湯宿温泉というところへ行ってまいりました。
在来線の最寄り駅は上越線の後閑駅ですが、燃料不足から地元のバスは本数を減らしており、8キロほどの道程を歩いたりしました。

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後閑駅から利根川を渡ったところにある「茂左衛門地蔵尊」へお参り。
江戸時代に藩主を直訴した「義民」だそうで、当時の沼田城主、真田伊賀守は改易となったとか。

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上越新幹線の下をくぐります。

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この辺りは「黒岩八景」という景勝地です。

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対岸へ橋渡しをする形となった倒木にはなにやら動物の足跡が。

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国道17号線(三国街道)に出て、新潟方面に進みます。

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新治小学校付近で見つけた看板。
すげー気になりますが、徒歩の身としては時間がありません。車って便利なんだなあ。

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双子のスープラを発見。

とまあ、楽しく2時間ほど歩いて、日暮れも近づき肌寒くなってきたあたりで宿に到着。
後で知ったのですが、燃料不足からキャンセルが相次ぎ、結局この日の宿泊客は自分ともう一人しかいませんでした。

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田舎の食事って、レタス一枚から風味も味わいも段違いなんですよね。素材の段階で都市部とは比較になりません。

平素口にしないビールなんぞ飲みまして、寝床にぶっ倒れたら余震で起こされ、テレビの原発情報に見入り、「これじゃ旅に出た意味ないじゃん!」と煩悶し、それでもしっかり3度入浴してから帰ってきました。

さて、旅館にはたいていお茶請けのお菓子が置いてありますよね。

「ときめきの上州路」

ウエハースとゴーフルの合いの子のような、さっぱりとした甘さの焼き菓子です。
卓抜なネーミングセンスに魅了され、勤め先へのお土産として購入したところ意外と好評でした。
通販とかあったら注文してみようかしら、とググっても全くヒットしません。
どうやら掘り出し物のようです。

味よしネタによし、オススメのお土産ですのでささやかながらこの場を借りて宣伝をば。
製造元のみゆき食品は渋川にありますので、そちら方面にお出かけの際は是非探してみてください♪
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伏見稲荷に行ってきた(下) [大なり小なり旅の記録]

さて、稲荷山からの下山から。

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このような鳥居の参道の外は結構本格的な山の中なのですが、その中からにゃんにゃんと鳴き声が聞こえてくるのですね。
どうやらお社の前で営業している売店の方が餌をあげているようです。
人なつっこくて、ほどよくふっくらしています。
寒いけど頑張れ。

そして一応山ですから、上に行くほど物価も上がります。
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なるほどと感心しつつもう少し下ると、こんどは煙草の販売機が。
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あれ?煙草は原価?
しかも、参道のそこかしこに「火気厳禁」って看板がありましたが…。

標高223メートルとはいえ、その眺望はなかなかです。
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中腹の四ツ辻からの眺めになります。

一言でお稲荷さんと言っても、主にここ伏見稲荷を総本宮として宇迦之御魂神(うかのみたまのみこと)を主神とする神道系と、愛知県の豊川稲荷をメインとして荼枳尼天(だきにてん)を主神とする仏教系があります。
ちょっと驚いたのは、麓へ下る沿道にも夥しい数のお社が鈴なりなのですが、その中に豊川稲荷があったことです。
別に仲が悪いとか、そういうわけじゃないようです。へぇ。

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麓の八島ヶ池のそばにあったポスター。なんかかわいいw

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だいぶ日も高くなってきました。

さて、JR稲荷駅から奈良線で京都まで来たまではよかったのですが、東海道線で人身事故が発生。
結局、大垣には1時間ほど遅れて到着しました。
しかーも、列車間隔は1時間に一本…。50分近く待合室でPSPつぶして、ようやく乗車できました。
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近鉄の車両をそのまま使用しています。

田園風景の中を進んで、養老山地が壁のように迫ってきた辺り、美濃高田駅で下車します。
ここには養老市役所、消防署、農協などがあることから一体の中心地であると察せられますが、人影はまばら…というかほとんど見ませんでした。そして駅前の県道には車がビュンビュン走っている地方都市の光景が…というほどの交通量でもありません。
wikiで、美濃高田駅の一日平均乗降客数を見ると、1983年の2557に対し、2008年は1032とあります。

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郊外型の大きなスーパーですが、静まりかえっています。

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1年前の日付です。
駅に近すぎたのでしょうか。

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やや離れた交差点付近にはもっと大きな店舗が並んでいました。車で来るには便利な立地です。
広々とした駐車場越しに見る山容。

ぽつぽつと廃墟の混じった人の見えない町を抜け、線路を南へ渡ると一面の田んぼです。
山から吹き下ろされた冷たい風が、なんの障害物もなく身体にぶち当たります。
ときおり薄日が差す程度の曇天の中、空腹もあってテンションがどんどん下がってきます。
大垣駅であわてて養老鉄道の構内に入ってしまったのが悔やまれます。この日ここまで食べたのは夜明け前のホテルで食べた菓子パンのみ。
空きっ腹を抱えた道行きのなか、唐突にパステルカラーの町並みが出現しました。

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なんだなんだ、と思って進むうちに目的地「ゆせんの里」へ到着。

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ここは新館だそうで、渡り廊下で本館へ移動しました。

…本館はあふれかえるような人でして、お湯も良かったのですが、先ほどの美濃高田駅周辺の閑散とした町並みが忘れきれず、複雑な心境のままそそくさと帰途につきました。
もちろん、駐車場はけっこう埋まっていました。

外から見たこの一角はこんな感じです。
浮き足立ってるような印象が…。
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空腹もあり、地域振興についてあれこれ考えてしまいました。
この温泉の利用客は、車で直接乗り付けて、そのまま帰って行くのでしょう。当然です。
かくして、パステルカラーの一角にだけお金が落ちていくのだろうなあ…と。
ホテルなど。温泉関連施設の周りにあったささやかな住宅地は、従業員用でしょうか。
ちなみにこういう施設です。
http://www.natural-co.com/

これからの時代、地域社会というものは後付けのお題目になり、財政難にあえぐ自治体に替わって企業が暮らしを設計していくようになるのでしょうか。
それは、採算性を軸に有用な人や土地とそれ以外を、水と油のように分離したモデルのように思えます。
シェルターで覆われた都市国家のイメージが浮かんできました。

帰りは養老鉄道を大垣には戻らずに桑名へ。
鈴加山地のへりをかすめるように南下していきます。
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途中の駅で、ピカチュウが見送ってくれました。

桑名からは関西本線経由で名古屋から鈍行を乗り継いで帰ってきました。
帰は浜松駅でウナギの弁当を買い込んで、静岡から大垣夜行に使う車両の回送を兼ねた列車の中でようやく空腹から解放されました。

今回は、期間が短い割には見所の多い旅でした。
立て続けに温泉に入った効能はありまして、このあと数週間は絶好調でした♪
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伏見稲荷に行ってきた(上) [大なり小なり旅の記録]

明けましておめでとうございます。
ますます過疎の度合いの深まってきた当ブログですが、時折更新しますので(定期的に更新せんかい)たまに除いてみてくださいませ。

さて、毎年恒例の初詣旅行は本年は金沢の白山神社へ行ってきたのですが、先の成人の日連休に伏見稲荷へ参拝しまして、順番は前後しますがそちらから書かせていただきます。
青春18きっぷが2回分余ったので今回も鈍行旅行です。


朝5時過ぎに起き、ちょっぴり走ったりしつつなんとか予定通り出発。
中央本線経由で上諏訪へ向かいます。

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上諏訪温泉の片倉館に到着したのは10時頃。
昭和3年に地元の製紙業者が公共福祉の一環として建設したものだそうです。
浴槽はなかなか深く、浴槽の底には砂利が敷き詰められています。
まだ午前中ということもあり、わずかな時間ですが浴槽を独り占めできたので、ここぞとばかりに平泳ぎを堪能しました。

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何故か館内では中年女性向けの服がセールしていました。
謎だ。

さて、ここの裏手はすぐに諏訪湖になっております。
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寒そうでしょう。寒いんです。
でも、湖面が凍結していないということは、まだまだ暖かいということなんだそうです。

この後は中央西線で名古屋→米原→瀬田と来まして、18時半ぐらいに瀬田駅前のビジネスホテルに投宿しました。
夕飯を済ませてテレビを観ていたら、全国ニュースから地域ニュースに変わったとたん「ひこにゃん」訴訟のニュースが始まりました。
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さすが滋賀県。

この日は最近の旅行にしては珍しく時間的余裕があったので、10時からぐっすり就寝しました。


翌日もまた5時に起きて京都へ。
伏見稲荷周辺にはJR奈良線、京阪本線、近鉄京都線の3本の鉄道が通っています。
一番接続が良さそうだった近鉄に乗車。
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伏見駅で下車しました。
これが大失敗。
ここは伏見稲荷とは関係なかったのですね。
関東で例えるなら川崎大師に行こうとして川崎駅で降りるようなものです。
おかげで夜明け前の町を1時間ほど歩くことに。
思わぬ形で路上観察開始です。

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折しも、手作りの映画を全国各地で会場を借りて、自ら映写機を回して上映している映画監督、渡辺文樹さんの『ノモンハン』のポスターを発見。
ちなみに以前観賞したことがありますが、何というか、政治的に衝撃の論が展開されるのですが、むしろ手弁当感覚が楽しいノンストップアクションでした。

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素戔嗚尊はじめ12柱(「柱」は神様を勘定する際に用いる単位です)を勝負と馬の神様として祀る藤森神社に通りかかったので、行ってみました。
舞台に明かりが煌々と灯っていて、白みはじめた空によく映えます。
どこからともなくお年寄りが集まってきたと思ったら、ラジオ体操が始まりました。
気温は…零度ぐらいでしょうか。とてもお元気です。
http://www.fujinomorijinjya.or.jp/index.html
↑公式サイトのGIFアニメがちょっと味わいがありますw

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伏見稲荷近くで見つけた喫茶店。
いったい何が出てくるのか楽しみではありますw

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こちらが正真正銘の最寄り駅です。帰りの時刻表を覗いて、神社へ向かいます。


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さすがに7時過ぎでは参拝客もまばらです。
やはり参拝は朝に限ると再確認しました。

さて、伏見稲荷といえば全国にまんべんなく存在する稲荷神社の総本宮。
宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)をはじめ他4柱をお祀りする、元は農業、現在ではもっぱら商売の御利益のある神社です。
お稲荷様といえば赤い鳥居。その数は半端ではありません。

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裏の稲荷山の山頂までは無数のお社があり、それらを結ぶ参道はずーーーっとこのような鳥居をくぐっていきます。

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ハッスルしているお狐さまを発見。

ぜーはーとあえぎながらもなんとか山道を登り切り、頂上の「一ノ峰」までやってきました。
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うーん、空気が美味い。
(つづく)
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愛と哀しみのマフィン [大なり小なり旅の記録]

今日は神奈川県立近代美術館の葉山館という所に古賀春江の展覧会を観にいってきました。

そのあと、葉山公園というところで相模湾に見惚れつつ昼飯のマフィンを食べようとしたところ、急降下してきた鳶にさらわれかけて落とされてしまいました。
3秒ルールを適応して、砂を払って再び食べようとしたら、また落とされました。
泣きそうになりました。いや、泣いてもよかった。
結局一口しか食べられませんでした(泣)
でも、よく考えたら怪我がなくてよかった。
一瞬だけ衝撃がありましたが、手には全く触れなかった技術には感服します。
今回はマフィンという崩れやすい食品でしたが、油揚げなど余裕でしょう。
あの諺は本当ですよ。実感しました。
すごく悔しかったし、とてもお腹が減りました。
これがまことの「鳶に油揚げをさらわれた」気分なのか!

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犯行現場・1

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犯行現場・2

しかし、個人的には三度(みたび)トンビです。
かつて、伊豆の網代港で眼球に糞を引っ掛けられ、三浦半島では肩に引っ掛けられ、今回は餌(自分の)まで台なしに。
ここまでやられたら天敵と言っていいと思います。
前世でよっぽど何かやらかしたのか。俺(T▽T)

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まあ、こんな景色の所を歩いているうちにすぐに機嫌も直ってしまったんですが♪

このあと三崎口の駅まで歩いたんですが、なかなか着きませんでした。
帰宅してから地図を見たら、10キロじゃききませんでした…。

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着いたときにはこんな時間に…。
久しぶりに気持ちよく疲れました。
今日は夜更かしできないやー(笑)

2010年 東北旅行・その3 [大なり小なり旅の記録]

ちょっと間が開いてしまいましたが、お盆の臨時列車を旅程に組み込んでしまったことから来る、酒田における時間潰しから。
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この街の自由時間は約1時間。微妙な長さです。
中島敦の『山月記』ふうに言うならば、「何事ごともなさぬには余りにも長いが、何事かをなすには余りに短い」時間であります。
口先だけの警句を弄する時間もないので、とりあえず駅前通りを海方面を目指します。
こういうのを行き当たりばったりと言います。

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駅前に突如ヴィーナス。
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あ、裕次郎だ!にしても、「チャンプ」って…。
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要塞にしか見えない飲み屋の集合建築。

頭から手ぬぐいが落ちないように気を遣いつつ、これら目に付いた物件を撮影しました。
なんといっても暑いのです。
休日の午前とあって人通りもほとんどない。傍らを車ばかりがビュンビュン飛ばしていく。
地方都市のお約束的光景です。

酒田の駅から海までは思いの外距離があるようで、無理せず引き返すことにします。
同じ道を帰るのも面白くないので脇道にそれたら、こんなものがありました。

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本間家旧本邸です。
江戸時代、藩主をも凌ぐ豊かさを誇った酒田本間家のお宅です。
もっとも有名なのは本間光丘(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E9%96%93%E5%9B%9B%E9%83%8E%E4%B8%89%E9%83%8E)でしょうか。
いましも団体さんが次々に入っていくところでしたので、庭先からパチリ。
時間的に見学は出来なかったとはいえ、江行き当たりばったりの成果としては上々です。

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赤い文字が日に焼けてさっぱりわからない文面になっています。
このまま国語のテスト問題すれば、いろいろ創造的な答えが返ってきそうです。

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春樹!
意外なところからの引用です。

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これは高密度なトマソン物件です。
「高所ドア」と「原爆タイプ」が一つの壁面に現れている貴重な物件です。
すばらしい。

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最後に、イメージショットなど。
空の青さが印象的でした。
この時点で既に再び汗まみれ。勘弁してくれー。

131.jpg
酒田からはこちらの気動車で新庄まで。
晴天の下、田んぼの青い稲の葉が目に優しい。
ただ山の緑を見ているだけで癒されます。実に、これだけでも旅に出た有り難みがあるというものです。

134.jpg
新庄、大曲で乗り換えて、こちらは田沢湖線の盛岡行き。
角館で秋田新幹線の待ち合わせがあったので、駅弁を仕入れます。

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こちらが途轍もなく美味しかったので、瞬食してから携帯で検索してみたら、新宿京王の駅弁大会にも出店してるとか。
今度行ってみよう。
なにしろ、どのおかずにも全く外れがありません。
「秋田比内地鶏 こだわり鶏めし」。鶏の美味しさを満喫したければ迷わずおすすめの一品です。

さて、いい気分で盛岡へ到着。
ここからは今回の「スリーデーパス」を活用して、IGRいわて銀河鉄道、青い森鉄道を乗りついで八戸に向かう予定でした。
…でした。
しかし、ここでもトラブルが発生します。
その辺はまた次回ということで。
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橋立鍾乳洞に行ってきました [大なり小なり旅の記録]

自分は穴が好きです。
しとどに濡れた穴ならなおよし。
というわけで、年に一度は鍾乳洞などを訪れたりしているのですが、この度秩父にある橋立鍾乳洞というところへ行ってまいりました。
鍾乳洞とは、言わずと知れた石灰岩が侵食されて出来た洞窟のことで、秩父もまた土建王国ニッポンを支える石灰石の産地ですが、この橋立鍾乳洞は観光洞としては県内唯一の存在です。あら珍しい。
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ここは秩父28番札所の石龍山橋立堂というお寺さんが管理してまして、秩父鉄道の浦山口駅から徒歩15分ほどだそうです。
なぜ「だそうです」かと申しますと、列車を待つのがかったるかったので西武秩父駅から(例によって)歩いたからです。
国道をずんずん進んで、表示のままに左折すると簡単にたどり着くことが出来ます。距離にして4キロ超。
しかし折からの猛暑でございます。ヘロヘロになって到達したことは言うまでもありません。

ひとまずお参りを済ませて、いよいよ200円(安っ!)支払ってレッツゴーでございます。
涼っ!
時折内部から湿り気を帯びた微風が流れ込んでよきかなよきかな。
しかし、狭っ!
「え、ここっすか?」
と引きがちな隘路を、縮こまったり傾けたり、様々な姿勢で切り抜けます。
腰や膝に爆弾を抱えた方、もしくは乳児を抱えた方には悪いことは言いません。
そして急っ!
鍾乳洞としては珍しい縦穴でして、そらもう梯子のような階段を昇る昇る。
自分は先程までの強行軍で大汗かいていたので、あやふやな平行感覚によって危険な場面もありました。
おかげで、金属製の階段の安定性は確認できました。木製の通路から時たま釘の頭が出ている箇所はありますが。
穴の中を上って出口に近づくほどに、風の温度が変わってきます。
あー、来るぞ来るぞ…、来たー!
というげんなりとした逆感動とともに酷暑の下界へ。
冷えた洞内の運動により、体内の汗が一気に噴出します。
うぶびれれぶぷー。
汗が汗が汗がー。
たまらず、何軒か並んでいる茶屋の中から牧場ソフトクリームなるものをチョイスして、いただきます。
このシチュエーションなら、まずたいていの氷菓はおいしく食べられますが、このソフトは濃厚な味わいときめ細かい口溶けが余りにもナイスで、瞬食させていただきました。
そして、一気に体温ダウン!発汗急制動!
目覚ましい効果です。

というわけで、こちらの橋立鍾乳洞。いくつかの心得を遵守するとローリスクで楽しめるかと思います。
・あまり期待しない。
行程は思いのほか短く、また見通しの利く空間は皆無です。
また、ライト回りに苔が密生し、鍾乳石は黒ずみ、実はもはや鍾乳洞としては死んでいます。
・体格、服装を弁える。
背の高い人は寺務所でヘルメットを借りましょう。
また、ここは車で来る方が多いのですが、スカートで突入するとパンチラ披露会になりますので、どうしてもというなら披露しても絵になる年齢とプロポーションであることを踏まえて臨むと良いと思います。
・乳児を抱えると危険!
現に、泥だらけで力尽きていた若い母親を目撃しました。灰に、灰になっちまってたよう。
もうちょっと大きくなったらお子様は率先して昇っていくと思われますので、今しばらく待ちましょう。

奥多摩の日原鍾乳洞は山の中で他に何もありませんが、こちらは秩父の町にも程近く、巡礼や温泉巡りのトッピングにも使えます。
帰り道で寄った大淵寺から偶然、秩父鉄道のSL列車を見ることができましたので、そちらと組み合わせても良いでしょう。
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